カテゴリー「mysterious・神秘・心霊・幽霊・妖怪」の30件の記事

2009年7月28日 (火)

Mamaの体験 - ホテルにて -

ホテルのフロント・マネジャーだったMamaは部屋の設備や清掃の状況を確認する仕事があったそうです。
その日も○階の○○○号室を確認していたら、廊下を挟んで向かい側の部屋がいやに気になる...。
向かいの部屋のドアの木目模様がだんだんに人の形に変わっていったんだそうです。

やがてそれは髪の長い女性とハッキリみてとれるようになり、Mamaは足がすくんで動けないなったそうです。

携帯でフロントに電話して人を呼んだんだそうです。
助けが来たときにも、それほどハッキリではありませんが、まだドアの模様は人型だったそうです。

以来、○階には一人で行かなくなったそうです。


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2009年7月17日 (金)

「大銀座まつり」の日に

あれは秋の頃だったと思う。20年ほど前の出来事だ。
銀座にあるカメラ店に注文してあった部品を取りに行ったときのことだ。
その日は金曜日か土曜日で翌日ダイビングへ行く予定があって、
水中撮影に使うためにどうしてもその日に取りに行きたかったのだ。

仕事の途中に車で行ったのだが、ちょうど「大銀座まつり」の日で、
交通規制が行われいて、車でカメラ店の近くまで入って行けなかった。

今考えると随分距離があって不自然なんだが、なぜか日比谷公園の脇に
路上駐車して、歩いてカメラ店へ向かった。
カメラ店までは15分近くかかったろうか...。注文していた部品は入荷していた。
駐車違反が心配だったので、受け取ってすぐに車へ戻ろうと思った。

車を止めたのは日比谷公園の南側だと思っていた。
しかし、いくら歩いても車を止めた場所に着かない。
車がレッカー移動されてしまったとかではなくて、
止めた記憶がある場所に行けないのだ。
日比谷公園に着いてから20分ほど、周囲を3周くらいした。

泣きたくなって、歩道にしゃがみ込んでタバコをすった。

気を取り直して歩き出す。あっけなく公園の南側に車を見つけた。

公園の周りを何度も回ったように思っていたが、
そこは一度も通っていないような気がした。

不思議だった。

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2009年7月 3日 (金)

妊娠中の殺生 -ジャワの迷信-

ジャワの風習では奥さんが妊娠中には夫が狩猟や魚釣りなど殺生をすることを嫌います。(職業的な猟師は除く)

Mamaの実家の近所の方で釣り好きのご主人がいて、奥さんが妊娠している最中も釣りをやめなかったそうです。

やがて赤ちゃんが生まれたのですが、皮膚が魚の鱗のようになっている部位があったそうです。
おそらく偶然、魚鱗症とかの病気だったんだと思いますが、Mamaも近隣の方々もご主人が妊娠中も魚釣りをしていたせいだと信じています。

幸いその子の肌は3才くらいまでにはほぼ治ったそうです。

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2009年6月26日 (金)

今思うと不思議な出来事

ワタシが茨城県北部の小学校に通っていたときのことです。4年生か5年生のころだと思います。

朝、2階の教室から裏門を見ていた友達が、
「わーなんだあれ!」
っと叫びました。
門扉のすぐ外側に、首に鋭利な刃物で切られたようなパックリした切れ目がある大きなイヌがいました。切れ目はイヌの首の半分ほどに達していて、赤い肉が見えています。首が落ちないのが不思議なくらいの状態です。他の友人達もすぐに窓に近寄ってきましたが、
「なんだよ、どこだよ」
っと見ない友人もいるようでした。また登校してくる生徒もいて、横目でそのイヌを怪訝にみる子もいれば、まったく気が付かない子もいます。

昭和40年代、まして田舎でしたから、飼い犬も放し飼い、野犬などもいる時代でしたから、そんな大けがをしたイヌがさまよっていても不思議ではないです。
ワタシはそれが現実のものとしか思わず、見ない友人もいるということも、そのときは「遠くて発見できない。」としか思いませんでした。
でも、今考えてみると、ワタシと初めに見つけた友人他数人には切れ目から覗く赤い肉までハッキリと見えていたのです。
でも、近寄る子供や捕獲しようとする教員など誰もいないんです。みんなイヌの存在を無視しているように......。

1時間目が終わり、最初の休み時間に窓から”イヌ”を探しましたが、もういませんでした。
その日、先生から”手負いの野犬”に注意するようにとかのお達しなどはありませんでした。

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2009年6月12日 (金)

心霊スポットと云われている場所

◎池袋サンシャイン60
 20年くらい前に地下3階の一角に通信設備を置いて夜遅くまで一人で仕事してたことがありますが、湿度が高かった以外には感じるものはありませんでした。

◎白金トンネル
 白金トンネルの脇道はワタシの自転車通勤ルートのひとつです。最近まで心霊スポットと云われているとは知りませんでした。全然なんにも感じません。

◎青山墓地
 青山墓地もワタシの自転車通勤ルートのひとつです。いとこの墓所です。ふつうの墓地です。特別なモノにはお会いしたことはありません。

◎千駄ヶ谷トンネル
 帰りに遠回りする際の自転車通勤ルートのひとつです。通るのはいつも暗くなってからですが、全然なんにも感じません。

というナニも無かった!という、つまらない心霊ネタでした。でも、自転車通勤のルートで、ある学校の一角なんですが、(差し障りがあるので場所は言いません。) そこを通ると夏でも空気がひやっとする場所があります。


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2009年5月29日 (金)

ジョヨボヨの予言 - Jangka Jayabaya - Jayabaya's Prophecy -

12世紀前半、ジャワにはクディリ王国という国があり、ジョヨボヨ(Jayabaya 在位1135-1157) というスルタン(王様)がいました。ジョヨボヨは、宮廷詩人たちに「マハーバーラタ」の翻訳をさせました。できた書物は「バロトユド」と呼ばれます。

しかし「バロトユド」は単なる翻訳書ではなく、不思議な予言が隠されていると云われています。

◎ジャワは外国から来た民族に支配される。
 = オランダによる植民地化

◎北から黄色い軍隊が来て異民族の支配を終わらせて、彼らに代わって支配するが、トウモロコシが1回育つまでの短い期間で終わる。
 = 日本軍の侵攻。3年半の軍政。インドネシア独立。

ジョヨボヨはもしかすると現代を見通していたのかも知れません。
 ジョヨボヨ予言はさらに次のように述べています。

◎未来には
 線が地上に巻き付き = 電気
 遠くの人と話が出来るようになり = 電話
 馬のない車が走り = 自動車
 距離が大した問題ではなくなる = インターネット

”ジョクジャカルタのスルタンは「バロトユド」の公開されていない写本を持っており、少なからず未来の出来事を知っているのだ”というウワサもあります。そのため中央ジャワでは現在のジョクジャカルタ特別州知事のハメンクブウォノ10世を大統領にすれば国はより発展するという声があります。


Hamengkubuwono X

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2009年5月22日 (金)

Orang Pendek と Orang Dalam

スマトラの森にいると云われているUMA
Orang Pendek
オラン・ペンデック(小さい人)
身長 80cm-1.5m
Orang Dalam
オラン・ダラム(奥の人)
身長 13feet = 約4m
樹上性のオランウータンとは違って、どちらも地上で生活している未確認の類人猿だそうです。
ネッシーとかよりも実在の可能性が高そうです。いつか確認されるといいです。
WikipediaのOrang PendekWikipediaのOrang Mawas = Orang dalam

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2009年5月18日 (月)

ジェングロッ - Jenglot -

またまたインドネシアの2大全国紙のひとつ、Kompasに妙なニュースがありました。

見出しは
Cewek Berbadan Ular Sepanjang 90 Cm = 長さ90cmのヘビの体をした女の子
です。
(この記事の写真はイメージだけで実物ではありません。)

東ジャワの Bojonegoro に住む Mbah Lamidi さんは家の前の小川で妙なものを見つけました。
ヘビの体の長い髪の女の子のジェングロッ(Jenglot)です。

体はまるでヘビで、18cmくらいから90cmくらいまで伸び縮みするそうです。
ほとんど動かないのですが、ときどき頭を動かしたり、目をかっと見開くそうです。
連絡を受けて地元の警官のAgus Saripul Hidayatが現物を確認しました。

Mbah Lamidi さん、明日は近所の人々にも公開しようと言っていたのですが、
ソレは身につけていた布きれだけ残して姿を消したそうです。

ジェングロッ(Jenglot)とは

こんなような小さい怪物/妖怪のことをいいます。

これはこの記事のソレではありませんが、内容からしてこんなようなもんだと思われます。

以下はマレーシアのTV番組です。


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2009年5月15日 (金)

マンネンドジョウと青いザリガニ

茨城県北部の小学校に通っていたころ、よく田んぼの畦や小川で遊びました。1960年代です。
ザリガニ釣りのえさはカエルかドジョウ。まずドジョウを捕まえます。

普通のドジョウは10~12cmほどです、そのころの小川にはときどに30-40cmほどのドジョウがいました。口の周りにヒゲのようなヒダがありましたからウナギではなくドジョウなんです。子供達の間では「マンネンドジョウ」と呼ばれていました。

アメリカザリガニは普通は赤いんですが、中には真っ青なヤツがいて、やはり子供達の間では「アオチンキ」なんて呼ばれていました。

あとは、15cmくらいの大きさのオタマジャクシとか、赤いアマガエルとか、赤いカブトムシとか、赤いヤマカガシとかいましたが、今Webで調べても、昔ワタシが見たようなものは出てきません。あの生き物はなんだったんでしょう?もう絶滅してしまったのかなぁ。

ツチノコはみたことないです。

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2009年4月14日 (火)

ポナリくんと不思議な石

インドネシアの不思議なニュースから。

東ジャワ州ジョバンに住むムハンマド・ポナリくん(10才)は田んぼで遊んでいたところ、雷に打たれて倒れたのですが、全く無傷だったそうです。そのときなぜか石を握っていたそうです。 石は雷とともに落ちてきてアタマに当たったんだそうです。
不思議に思ったポナリくんはその石を持ち帰りました。

ポナリくんは石を握って水につけて病気の隣人にその水を飲むように言ったそうです。すると隣人の病気が治ったそうです。(ホントかいな?)

これが評判になり今では彼は Dukun Cilik (小さなドゥクン)と呼ばれ、ジャワ島各地から難病の人々が彼のもとに詰めかけて、ポナリくんの住む小さな村は警察が交通整理するほどの大騒ぎになっています。

当のポナリくんは寝ている間も石を持ったその手を来客が持ってきた水につけさせれているありさまで、学校へも遊びにも行けないんだそうです。

彼はお金は500ルピア(約5円)(最低紙幣)しか受け取らない、と言っているそうですが、人々は勝手に数万~数十万ルピアを置いていくそうです。

<全国紙 "Kompas" の記事> Dukun Cilik Muhammad Ponari = ”小さなドゥクン ムハンマド・ポナリ”

<テレビのレポート> Fenomena Dukun Cilik Ponari= ”小さなドゥクン ポナリ現象”

別な記事には「脳梗塞の後遺症で半身麻痺になった人が治った。」など、にわかには信じられない話もありました。

こんなジョークも

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2008年12月18日 (木)

バンドン ( Bandung ) の借家にいた幽霊

ワタシが Bandung にいたころ借りてた家は、外国人向け借家が多くある地区にありました。山荘風の外観で、リビングが3つ、ダイニングが2つ、寝室が6つ、お手伝いさん部屋が2つ、クルマが2台入るガレージと、アボガトとドリアンの木がある広い庭と、古いけれどたいへん豪華な家でした。(家賃は東京でワンルームを借りるより安かったんですが...。)

昼間はほぼ毎日コーディネーターのU氏や仕事関係の人が数人来ますが、夜は住み込みお手伝いのお兄ちゃんと当時の彼女と3人でだけでこの広い家で過ごしてました。

この家では、3人とも居間にいるのに中2階へ昇る階段からギギッギギッっと音がしたり、朝起きると閉めたはずの水道がちょろちょろ出ていたり、急に使っていないベッドルームの電気が点いたり、などの現象が毎日のようにありました。なぜかその時は怖いとも思わず、あまり気にもしていませんでした。

しかし、ワタシが帰国のある日、この家で日本へ送る骨董品の修繕をしていたD氏が、お手伝い部屋で仮眠をしていたら、

「髪の長い女性に馬乗りになられて首を絞められる。」

という事件がおきました。もがいているうちに女性は消えたそうです。電話で呼ばれたU氏も首のアザを確認したそうです。

いくらなんでもヤバイと感じたU氏は翌日ドゥクンを呼んで、この家の除霊を頼んだそうです。

ドゥクン氏によると

「不幸な死に方をした女性の霊でまだしばらくは出てくるかもしれないが、もう悪さはしない。」

とのことでした。ドゥクン氏のいうとおりその後怪現象はなくなりました。

この事件のあとで訊いたのですが、そもそもこの地域は独立戦争のときに激しい戦闘があって多くの方が亡くなった場所なので、地元の人は住みたがらない。外国人向け借家が多いのはそのためなんだとか.......。

知らない土地で借家を借りる際はご注意下さい。

カテゴリー 心霊


大きな地図で見る この辺のどっか。

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2008年12月 5日 (金)

人魂(ひとだま)

小学校のころは父の転勤で茨城県北部の町ですごしました。海にも山にも自転車で行ける自然に恵まれた環境でした。

山で遊んでるときにはこんなこともありましたが.....。

社宅は小学校の隣にありました。自室からは小学校の校庭を挟んで小高い丘が見えます。丘の麓にはよく遊び場にしていた神社があり、中腹には10墓ほどの小さな墓地がありました。

墓地にはひとつだけ街灯が灯ていました。夏場の夕立が降ったあとなどには街灯以外にひとつかふたつ青白い光が見えることがありました。母にこのことを告げると。

「"ひとだま"でしょ。土葬だからご遺体からリンが浮かんできて光るのよ。」

っと極あたりまえのように云っていました。あまりにサラッとそんな説明をされたので、小学生のワタシは"ひとだま"ってのは霊的な現象ではなく自然現象なんだと理解してました。

その墓地はすぐ近くなのですが、遠目に見るだけで行ったことは無かったんですが、夏のある日その墓地の近くに住む友人といっしょに行ってみました。

そこはずいぶん荒れた墓地で、もう何年も新たな埋葬があったとは思われないようなところでした。街灯だと思っていた明かりも墓地に設置されたものではなく、下の民家の庭にあったものでした。

そのとき小学生ながら「何十年も前に埋葬された遺体からいまだにリンが出てきて発光するのかな?」っと母の説明に疑問を持ちました。

その日も夕立があり、あわてて家へ帰りました。夕食後、自室から眺めるとやはり丘の中腹には青白い光が浮いていました。

人魂(ひとだま)Wikipedia

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2008年11月17日 (月)

クタのホテルにて




上の写真はこの出来事とは無関係です。

このエリアの中です。

大きな地図で見る
 

これは1992年頃、インドネシアで現地コーディネーターのU氏自身が経験した話を本人から直接聞いたものです。

そのときU氏は2-3年前と云っていましたから、1989-90年頃の話です。

彼はその日仕事でバリへ行き、クタのビーチに面したあるホテルに宿泊しました。

チェックイン後すぐに日本人の接待で街へ繰り出し、部屋に戻ったのは深夜でした。

疲れていたのですぐに横になり、ウトウトしていると、ベットに雨漏れのように水滴が落ちてくるのに気が付きました。

雨漏れかと思ったのですが、雨は降っていません。その水は海水のにおいがするのです。

ベットがしみになるほど垂れてきた海水はやがて真っ赤に色を変えて血になってゆきました。

そして海水がしみ出していた天井に苦しげな男性の顔が浮かびました。

あまりの出来事にU氏は失神したそうです。

翌朝目覚めるとベットは濡れておらず、天井にはしみも何にもなかったそうです。

掃除にきたおばさんにこのことを話すと、初めははぐらかそうとしていたのですが、

「支配人に苦情を言うぞ!」とか云って脅かしたら、やっと話してくれたそうです。

「数年前、この部屋に泊まっていた日本人のサーファーが水死する事故があり、それ以来、極まれに似たようなことが起こっている。」

んだそうです。たまたま日本人と縁のあるU氏が泊まったので出てきたのかも知れません。

むろんその晩は部屋を換えてもらったそうです。

ここは今も営業していて、ワタシも好きなホテルです。通りに面したレストランの「イカン・バッカール・サンバル・マタッ」はかなりウマイです。

1980年代にクタビーチで亡くなった日本人サーファーがいたかどうかの確認はしていません。

また、20年前の話なので、もしも幽霊君との出会いを期待して行かれてももういないかもしれません。


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2008年10月31日 (金)

山姥

山姥 - Wikipedia


「静岡県春野町(現・浜松市)熊切には「ホッチョバア」という山姥が伝わり、夕方に山道に現れるほか、山から祭りや祝い事の音が聞こえてくる怪異はこの山姥の仕業とされた。」


とあるのをみつけました。


以前、丹沢へキャンプに行ったとき、Mamaが「ゆうべ祭囃子が聞こえた。」といっていたのを思い出しました。


春野町と丹沢ではだいぶ離れていますが、「ホッチョバア」が箱根を越えて出張して来てたのでしょうか?


そういえば箱根金時山の金太郎の母親は山姥だったという説もありますね。


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2008年10月 9日 (木)

八丈島のホテル

20代後半の頃、ダイビングするために1~2ヶ月に1度のペースで八丈島通いをした時期があります。当時は確か1日5便で朝と夕方がジェット、あとはYS-11でした。ジェットは割増し料金があるので節約のためプロペラ便用の回数券を買って通ってました。

安さとダイビングサービスがある利便性から三根地区にあった某ホテルを常宿にしていました。スタッフと親しくなったワタシ達は、「ガイドなしタンクとクルマのみレンタル」という極めて我が儘な格安(但し自己責任)ダイビングを楽しんでいました。

いつも週末+1日程度の日程でしたが、当時まだ目新しかったダイブコンピューターなるもので減圧管理を行い、到着日2ダイブ、翌日4ダイブ、帰る日1or2ダイブしてました。そのうえ夜はホテル近くの居酒屋に繰り出して毎晩飲んでましたから、カラダはけっこう疲れます。

なんとエレベーターが無かったこのホテルは「ダイバーは荷物が多いから」といつも2階の一番階段よりの部屋を用意してくれました。

で、この部屋、夜明け前の3時か4時ごろ、お寺の鐘の音がするんです。
除夜の鐘のように一定間隔で、何度も....。

はじめはホントに近くにお寺があるんだと思ってました。
「でもミョーな時間に鐘つくなぁ」くらいに....。

何度目かの投宿の時、早朝ホテルの周囲を散歩したのですが、お寺はありませんでした。
ウラにお墓はありましたが。

そのほかにも、このホテルでは、屋上でスタッフとこの件話していたら、風もないのに鉄のドアが勝手に閉まったり、部屋のクローゼットの壁のシミの形が変わったりとか...。ちょっと不思議なことがありました。

私たちの八丈島通いが終わったのは、このホテルが突如閉鎖され、「我が儘な格安」をやらせてくれたダイビングサービスも解散になってしまったからです。

閉鎖の理由は「建物の強度不足」とだけ聞かされました...。腑に落ちませんでしたが....。

八丈島って海はきれいだし、サカナは旨いし、いいとこです。あれ以来いってませんが、チャンスがあればまたいってみたいです。不思議もいろいろあるようですし。

そういえばあのころは植物園にキョンいたけどまだいるだろうか?


七人坊主の祟り

江戸期、大阪から出帆した船が台風で難破した。その船に乗り合わせた七人の坊主が漂流して、八丈島の藍ヶ江浜に漂着した。

坊主達は、食料を求めて島をさまよい、中之郷村にたどり着いた。しかし、当時飢饉で食料が乏しかったため、村民達は坊主たちに食料を与えず、山中に追いやった。やがて7人の坊主は全員餓死したという。

以来、島では七人坊主の祟りが恐れられている。

江戸~明治初期 近藤富蔵の7人殺し
1952年、林道作業員が土砂崩れで10人中7人死亡。
1995年、八丈島の火葬場で焼却された7人の遺体が発見された。被害者も加害者も不明。

そのほか樫立の人捨穴や乙千代ガ浜の伝説なども調べてみるとおもしろいです。

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2008年9月17日 (水)

クリス - Keris -


ジャワの伝統的な刀です。武器というよりも精神的なシンボルの色彩が強いようです。
今でも、たまに警備員などが帯刀しているのを見かけます。

中央ジャワ、ジョグジャカルタの刀工によって魂を込められたクリスは不思議なチカラを
持つそうです。
ワタシも当時クリスにまつわる不思議な話は幾つも聞きました。また山中にクリスを放置し
それが持ち主の自宅へ帰ってくる実験を実際に行った話がリー・クーン・チョイ氏が著した
「インドネシアの民俗」という本に載っています。

バンドンにいたときこのクリスに興味を持ち、ひとつ手に入れたいと思いました。
しかし、現地スタッフのU氏が「魂のこもったほんのものクリスは持ち主を選ぶ...。
もし、クリスに気に入られなかったら、クリスはあなたを傷つけるだろう....。
そのキズはインドネシアではたいしたことがなくとも、日本に帰ってから大変なことに
なるだろう...。
だから、興味本位でクリスなど買わない方がいい....。」
っということで、そのときは忠告に従いました。

でも昨今、ひとつ欲しいなあと思っています。キャンプでコレ使ってたらかっこいいでしょ...
でもMamaは絶対にダメだって....。

義父もクリスを持っていましたが、寄る年波で毎日のマンディ(行水)などのメンテがおろそかになったら、
夜な夜な暴れ出すようになり、手に負えないので、最後には適切に管理できる人に譲ったそうです。


Lee Khoon Choy氏はかつて駐日シンガポール大使をされていた方で、1970年から4年間は
在インドネシア大使をされていました。そのときの取材・研究をまとめた著書がこの
「インドネシアの民俗」です。

リー・クーン・チョイ著 伊藤雄次訳 「インドネシアの民俗」 サイマル出版会


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2008年9月12日 (金)

宮が瀬の落ち武者

25年ほど前でしょうか、宮が瀬がダムに沈む以前、林道バイク仲間のO君から聞いた話です。そのころはダムの工事がはじまったばかりでしたが、「大きな赤い橋」はすでに完成していました。

初秋のある日、O君は友人2名と計3人で、1日中丹沢周辺の林道を走り、夕刻には「大きな赤い橋」の下の河原にテントを張ってキャンプすることにしたそうです。当時の丹沢はほとんどの林道が解放されていて、河原にクルマを乗り入れることもできました。

テントを設営したころにはまだ周囲には数組のバーベキュー客などもいて賑わっていたのですが、日没と同時にO君達3人以外はみんな帰ってしまったそうです。

レトルトもので夕食を済ませ、ビールなど飲んでからテントに入って寝たそうです。

夜半、1時ごろ、物音に気が付いて彼は目を覚ましたそうです。川をバチャバチャと渡って来る大勢の足音、馬のいななき。やがて近づいて来るにつれてガチャガチャという甲冑の音も聞こえてきたそうです。

仲間を起し、3人で顔を見合わせましたが、誰も声を出せず、テントの外も見られませんでした。

しかし音の様子からそれが無気力に敗走する武者の一団であることが感じ取れたそうです。

3人はひたすら、テントの中でその「音の一団」が通り過ぎるのを待ったそうです。それが過ぎ去るまでの時間は5分以上にも感じられたそうです。

やがてその「音の一団」は過ぎ去り、虫の音なども聞こえてきて、ようやく我に返った3人は、明るくなるまで何の会話もせず、シュラフにくるまり続けたそうです。
翌朝、O君らは無言のまま、申し合わせたように朝食もとらずにテキパキと撤収し、宮が瀬を後にしたそうです。

その後もO君は何度となく丹沢の林道へ走りに行っています。ワタシもいっしょに行ったこともあります。しかし2度と宮が瀬での幕営はできないと云っていました。

現在その場所は湖底に沈み、もはや幕営したくともできません。

そして「大きな赤い橋」は今、「虹の大橋」と呼ばれ、あることで有名なんだとか.......。

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2008年8月19日 (火)

崖を登る死者の魂 - jiwa tana toraja -


シェラウエシ島のトラジャ地方と云えばコーヒーと船をかたどった高床式の家が有名です。
また、葬式が盛大なのもこの地方の特徴です。本やTVで、崖にあけられた無数の洞窟墓地に
沢山の人形が置かれている映像をご覧になった方も多いのではないでしょうか。
これらの人形は死者の生前の姿を模した物です。

ここではTVなどであまり語られないお話をひとつ....。
遺体は数ヶ月から時には3年以上の「もがり」を経て崖の洞窟に安置されます。
この間の腐敗を防ぐ技術は門外不出。
盛大な葬式の映像には映らない本当のクライマックスは遺体を崖の穴に運ぶ場面です。
死者の親族が遺体を担いで崖を登るのですが、その際、死者の魂がのり移るのだそうです。
つまり、「死者は親族の身体を借りて自らの身体を自らの墓地へ運ぶ」のです。
その際、常人では到底登れないような崖をスイスイ登っていくので、それがこの世のモノで
ないことは一目瞭然なのだそうです。

死者の魂に乗り移られた親族は生前の死者のような立ち居振る舞いをするのですが、
それを見る者は「絶対に(生前の名で)呼びかけてはいけない」のだそうです。
呼び止められた魂は霊界へゆけずに現世と来世の狭間を永遠にさまようことのなると...。


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2008年8月 7日 (木)

これなあに? - Foto Hantu nggak yach? -

Rei-kunのカメラがいっぱいになったので、データをPCに吸い上げてたら、
なかにこんな写真がありました。

Rei-kunがこの写真を撮ったのは、ワタシが下の写真を撮った時間とほぼ同じころだと思われます。

この写真の中央の白いもやも変だなぁと思ったのですが...。
中央部分の拡大です。犬のCoco-kunはなんか見てます。

以下がRei-kunが撮った写真です。直後に撮った写真も載せときます。
どの写真も絞り値が解放(F1.8)になってるのも変ですが....。
被写界深度が極端に浅くてレンズの直近を通った虫がこのように写ったとも考えらますが、
発光が不自然なようにも....。シャッタースピードが早いので残像のようになるのも不思議。

撮影モードはノーマルPとなってますが、解放で1/400って変じゃない?
EXIF: Make=OLYMPUS OPTICAL CO.,LTD Model=C2040Z ExposureTime=1/400 FNumber=1.80 ExposureProgram=Normal program ISOSpeedRatings=100
広角側のようで解放のわりにはピンがきてます。
EXIF: Make=OLYMPUS OPTICAL CO.,LTD Model=C2040Z ExposureTime=1/160 FNumber=1.80 ExposureProgram=Normal program ISOSpeedRatings=100
発光物の奥の葉っぱでもピンが外れてますから、発光物はかなりレンズの近くです。
EXIF: Make=OLYMPUS OPTICAL CO.,LTD Model=C2040Z ExposureTime=1/400 FNumber=1.80 ExposureProgram=Normal program ISOSpeedRatings=100
この写真は上段のワタシの写真とほぼ同時間です。前の3点は少し前の時間です。
EXIF: Make=OLYMPUS OPTICAL CO.,LTD Model=C2040Z ExposureTime=1/200 FNumber=1.80 ExposureProgram=Aperture priority ISOSpeedRatings=100

「Rei-kun、これ何撮ったの?」「覚えてな~い。」
レンズ直近の虫がストロボでっと思うのですが....。まさかほんとの心霊写真? 考察できる方是非コメント下さい!

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2008年7月11日 (金)

ノールおばさんのおなかから沢山の針金が出てきた! - ilmu hitam ? -

またしてもインドネシアのメディアの変な記事から...。

Puluhan Kawat Keluar dari Perut Bu Noor (1)
Kompas Senin, 7 Juli 2008 | 05:13 WIB (記事に直リンクにつきいずれ切れます。)

コンパスというインドネシアの全国紙のホームページに7月7日から掲載されている話です。
カリマンタン島(ボルネオ島)のサマリンダ市ムルデカ通り3丁目のNOORSYAIDAHさんの
おなかから針金が出てきました。

あまりにも沢山生えてくるので医師に摘出してもらうのですが、また生えてきます。

話は7月10日の時点でまだ続いています。いまのところ原因はわかりません。

インドネシアでは恨みをかった相手からブラックマジック(ilmu hitam)をかけられ、
体内から金属や土が出てくる話をよく聞きます。
遺産相続がらみや愛憎のもつれなど、原因は日本のそれと同様です。
しかしワタシもこのような写真を実際に見たのは初めてです。
(コンパスは日本で云ったら「A紙」「Y紙」クラスの全国紙です。ゴシップ紙ではありません。)

いや~インドネシアってホントにネコネコですねぇ。
ネコネコ(Jawa語)=アネアネ(Indonesia語)=奇妙

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2008年7月 7日 (月)

Kuntilanak - クンティラナック - 妖怪

背中に穴の開いた女性の妖怪で、赤ちゃんを盗むんだそうです。
Mamaは本気で怖がって詳しいことは教えてくれません。

川で撮れたクンティラナック。なんだかリングの貞子さんに似てますねぇ。

今思うとワタシがいた Bandung の家に付いてたのもこの種のモノだったのかもしれません。
ワタシは見てませんが目撃した現地スタッフは皆「髪の長い女」と云っていたし。
詳しくは書けませんが、赤ちゃんに関する事件もあったし....。
払ってくれた Dukun 氏も「不幸な死に方をした女性」と云ってたし....。

クンティラナックが飛んでいくところだそうです。

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2008年6月 9日 (月)

弾丸をはね返す男、最後は死亡... - Manusia kebal peluru akhirnya tewas.. -

Mama が YouTube からこんなニュースを見つけてきました。


インドネシア トランスTV 6月7日のニュースより

ニュース映像ですがちょっとショッキングです。ご注意下さい。

アナウンス内容の要約

シェラウエシ島のゴロンタロでの事件。この男は借金があり、返済を迫った借金取りを
逆にナイフで脅す。借金取りは警官を呼ぶが、逆上した男は警官を刺し殺し、自宅に
立てこもる。

その後警官とにらみ合いとなり、投降しないしない男に対し、警官はライフルで射殺を
試みるが、男は107発以上の銃弾を受けるが全てはね返し、出血さえしない。

警官は近所の住人から
「あの男は黒魔術をかけた指輪をしている。あの指輪がある限る死なない。」
との情報を得て、指を狙い、その指輪を破壊する。
ようやく男は絶命した。


話では似たような出来事を聞いたことはありますが、こんな報道映像はワタシも初めて
です。それにしてもこの女性アナウンサー、警官殺害のディティールなどかなり残酷な
内容を至極冷静に淡々としゃべってます。

注:映像の中で"cincin"という言葉が何度も出てきますが、インドネシア語では指輪の
ことを"cincin"と言います。

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2008年5月12日 (月)

Genderuwo - グンドゥルウォ - 妖怪

ワタシが Bandung にいたころ借りてた家は、外国人向け借家が多くある地区にありました。
角地で道に面していない2方のうち1方はバナナの木がある空き地なので、
背面しか隣家と接していませんでした。
庭にはアボガトとドリアンの木があり、裏の空き地にバナナの木があるので便利でした。

この家にも、夜誰もいないはずなのにギシギシと階段を昇るような音がしたり、
朝起きると閉めたはずの水道がちょろちょろ出ていたり、などの現象がありましたが、
その話はまたいずれ。

向かいはカナダ人夫婦。奥さんは結構美人なんですが、夫婦仲がすごーく悪くて、
ダンナは深夜まで飲んで帰ると、奥さんはもうヘベレケになってて、
11時-12時から大声で夫婦げんかが始まるって毎日!!
これはこれで怖いモノがあったのですが...。

ホントに怖かったのは、その隣。ウチからはナナメ向かいの借家のお手伝いのお兄ちゃんの話。

「ウチの家怖いんだ。」
(やっぱり出るの?)
「毎晩11時頃、ダイニングの奥に浮かんでるんだ。」
(どんなの?)
「1.5mくらいあるんだ。」
(えっ)
「Muka besar yang marah = 怒ったおっきな顔」

これはMamaによるとGenderuwo - グンドゥルウォ - という妖怪だそうです。

これ偶然写った Genderuwo - グンドゥルウォ - の写真だそうです。 (かなりうそっぽい。)

この話とは大分イメージが違うし....、単なるカカシにしか見えないし....。
Mamaはコレ見て「怖い」と言ってましたが....、どう?

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2008年4月11日 (金)

輪廻 - Penitisan = Reincarnation - 不思議

それは 2006/08/11 の夕食の時のことでした。
Rei-kunに「お盆っていうのはね、死んだ人の霊が戻って来てね...、」
っと説明しているときでした。
彼は突然ワタシの言葉を遮り、

「ホテルの事故で亡くなった。」

(えっ!何?どこのホテル?)

「黒人、......アメリカ人。」

彼が言ったのはこれだけで、あとは何を訊いても
「らかんない。」(=わかんないの意)
としか答えませんでした。

まず、奇妙に感じたのは「事故」・「亡くなった」・「黒人」という単語。
いずれの当時3歳の彼の口からは聞いたことがない単語でした。
また、「ホテルの火事」とかならわかりますが、「ホテルの事故」って何でしょう?
もちろん、どこのホテルで、どんな事故なのかは分かりませんでしたが、
お盆の説明をしていたタイミングといい、Mamaのかつての仕事がホテルだったこともあり、
妙な因縁を感じてしまいました。
少なくともMamaの勤務先では亡くなった黒人の方はいないそうです。


そのころのRei-kun

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2007年9月29日 (土)

ニャイ・ロロ・キドゥル - Nyai Roro Kidul - 「南海の女王」

インドネシア、ジャワ島の海の女神。

ニャイ・ロロはジョグジャカルタの王家と街を守っていると云われていますが、
一旦不敬に怒るととんでもない災難をもたらすそうです。

ジョグジャカルタの王宮にはスルタン(王様)がニャイ・ロロ・キドゥルに会いに
行くために海まで通じている秘密のトンネルがあると云われています。

ジャワの人々は一応にこのニャイ・ロロ・キドゥルを恐れています。
ジャワ島南岸の海で泳ぐことを嫌います。
また海岸に近づくときはニャイ・ロロが好む緑色は身につけないよう
気をつけるそうです。

2006から2007にかけてジョグジャカルタが地震や噴火また飛行機事故などに
見舞われているのは現スルタンがニャイ・ロロをおろそかにするからだ。
っと本気で言っている方もいます。


バリビーチホテル(現グランドバリビーチ)の火事

1992年、マンクゥ・マデ・ウィリャ - Mangku Made Wirya -という僧侶が
バリビーチホテル(現グランドバリビーチ)を訪れ、

「私はニャイ・ロロ・キドゥルと交信した。ジャワの南海の女王は、
バリに立ち寄った際の宿としてこのホテルの327号室と2401号室を所望している。
この両室をニャイ・ロロ・キドゥルに捧げなさい。」

327号室は10階建てのタワー。2401号室はコテージです。
当時国営だったこのホテルの支配人はそんなハナシ全然相手にしなかったそうです。
すると、いくつかの奇怪な出来事が続いた後、1993年1月20日の火災発生!!
タワーは全焼してしまったそうです。

不思議なことに業火の中で327号室は全く無傷。2401号室を含むコテージ群には
延焼しなかったそうです。また、これだけの火事にもかかわらず、
一人も死者が出なかったとのことです。

現在はグランドバリビーチの2401号室はニャイ・ロロに捧げられ、一般の宿泊は
できないそうです。(見学は可能だそうです。)

Mamaがシェラトンで働きだしたのはこの年の9月からなので、この火事のときは
まだ、バリにはいなかったそうです。もちろんMamaもこの話は知ってました。

興味がある方は、こちらの方がこの件をよくまとめてられます。

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2007年9月25日 (火)

ポンティ・アナック - Pontianak - 妖怪

ポンティアナックもインドネシア・マレーシアでは誰でも知ってる妖怪です。
産婆に化けて新生児を奪い、むさぼり喰らうと言われています。

シンガポールの陸軍基地で撮影されたポンティアナックだそうです。

興味のある方は youtube で 「hantu pontianak」っと検索すればさらにいくつか出てきます。

カリマンタン島(=ボルネオ島)のインドネシア領部分にポンティアナックという
同名の町があります。この妖怪の元となった不幸な妊婦がいて、彼女の出身地が
ココだという説もあります。

ワタシは、出産時の事故や奇形・死産などの際、母親をあきらめさせるために
自然派生した悲しい作り話じゃないか思います。
「生まれた子はポンティアナックに連れ去られた....。」って。

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2007年9月 5日 (水)

トゥユール - Tuyul - 妖怪

Selamat datang. Tuyul ini lagi tunggu anda. Abis lihat foto ia mau ikut anda.
Besok cek dompetnya, mungkin ada tambahan. hihihihi.

インドネシアでもマレーシアでもトゥユールという妖怪のことを
知らない人はいません。風体は坊主頭の小人だそうです。
このトゥユールを「いたずらおばけ」としてコメディ調に描いている
テレビ番組などもあります。
お金を盗むおばけということで、自分で散財しちゃったのに
「どうもトゥユールにやられたようだ。」
などと冗談いったりもします。それくらいだれでも知ってる妖怪です。

一般に広く知られている話は

人知れずお金を盗んでくる。
 だからトゥユールが宿る家は金持ちになる。
 しかしその代償に毎年親族の誰かが死ぬ。

という日本の座敷童やキジムナーと比してオドロオドロしいものです。

撮影されたトゥユール - Tuyul Mancanegara tertangkap video -


マレーシアで漁師が浜辺でミョーな瓶を発見。
博物館へ持ち込む。

中身はトゥユールのミイラだって話になり、博物館はそれを展示。
来館者は殺到したが、気持ち悪なったり、体調を壊す人が続出!?
わずか数日で展示を中止して、地元のドゥクンのもとへ。

そのドゥクンはトゥユールのパワーを封印したのち、再び海へ...。

というような記事を1年ほど前にネットで目にしたように思ったので、
ご紹介しようと思ったのですが、いくら検索してもヒットしませんでした。

そのときのトゥユールと思われる画像は拾えました。
これこれ です。 見て気持ち悪くなっても知りませんョ。- Hati2 ada yang muntah lihat foto ini. -
(見たくない方もいるかと思いますのでサムネイルは載せてません。)

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2007年8月31日 (金)

ドゥクン - Dukun - (呪術師)

インドネシアではDukunと呼ばれる呪術師=シャーマンがいて、ほぼ皆が
その力を信じています。

ホワイトマジックを操り病気や怪我を癒す医者みたいなDukunや、
ブラックマジックで恨みや怨念の相手を苦しめる必殺仕置き人みたいな
Dukunや、わら人形のようなことをしてくれる怖いDukunもいます。


これは1992年当時、ワタシの現地コーディネーターだったU氏が語った
話です。

「オレは高校生の頃オートバイで転んで怪我したんだ。」
(それで...。)

「腕の骨がバラバラになって、皮から骨が突き出しちまったんだ。」
(えーどうみても複雑骨折じゃん!! イタソー!!)

「医者へ行ったら、手術をして、ギブスをして、3ヶ月だと。」
(あたりまえだ!!)

「親父はそんなに学校を休ませられないし、手術をする金もないって、
ドゥクンのとこへつれてった。」
(えーマジかよ...?)

「ドゥクンは山の薬草と「手かざし」と呪術で約1ヶ月で完治
させてくれたんだ。」
(目が点....。)

事実彼の腕は別段問題なくまっすぐのびるし、
何の後遺症もありませんでした。
骨が突き出してたって箇所には確かにキズが残ってました。

ま、ともかく、この国には現代でもこんな話がゴロゴロあります。


Rei-kunが若い頃?、髪がのびるようにと剃ってくれたドゥクンのおばさん。

3歳のときには、Rei-kunなかなかおっぱいを卒業できないので、
このおばさんにお願いして、あ~ら不思議、
翌日からピタッと飲まなくなりました。こういう「ドゥクンのお仕事」もあります。

義姉の一家なんか「くしゃみ・鼻水、まずドゥクン」です。

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2007年8月 1日 (水)

笹の花 怪奇 -夏なのでちょっと涼しい話の備忘録 2-

小学生のころは茨城県北部に住んでいました。
近くに山もあり、海もある自然に恵まれた環境でした。1970年ごろの話です。

そのころは、まだ炭坑の廃坑があちこちにあり(まだ操業している炭坑もありました。)、
ボタ山で化石を拾ったり、ガスマスクやヘッドランプなんかを拾ったりして遊んでました。

小学校5年生くらいのある日、友達7~8人で山へ入りました。
たぶん、クワガタムシ採取ポイントの新規開拓が目的だったと思います。

里山の畦と林の間に笹の花を見つけました。”ウルトラQ”に笹の花が咲くと不吉だとか、
見ると死ぬとかゆうような話があったのを思いだし、イヤ~な感じになってました。

さらに進むと道は、植林された杉林の細い山道(シングルトラック)となりました。
高い杉に覆われ薄暗くなったその道を進んで行くと、先頭を行ってた友達が

「うぎゃ~ああああああ~!!!!」

っと悲鳴を上げて走ってきました。
私は最後部のほうにいたのですが、なんだかわからないままとにかく走りました。

そのときは、きっとスズメバチだろうと思ってました。
ようやく里までおりてきて、みんなゼーゼーハーハーでしたが、
先頭を行ってた友達に「なんだった!?」っと訊くと、
涙声で「......炭坑夫.....。」っと言ってそのまま家へ帰ってしまいました。

翌日学校でもだれもこの出来事を話題にしませんでした。笹の花を見たことは
親にも話しませんでした。
それ以来二度とその林道へは行きませんでした。

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2007年7月31日 (火)

ホテルの怪 心霊 Jakarta -夏なのでちょっと涼しい話の備忘録-

Indonesiaにいたころの話、たぶん92年ごろ。西ジャワ州のBandungを拠点にした私は、
仕事でJakartaへ行くときは、だいたいThamrinの古い巨大なホテルに泊まりました。。

いつもはBandungの旅行社で予約してから行くのですが、この日はその時間も無くて、
飛び込みで部屋を頼みました。午後6時ごろでした。

フロントで私ともう一人の日本人と2部屋頼んだのですが、なぜか3階と4階のキーを渡します。
「打ち合わせもあるし、行き来がめんどうだから同じ階にしてくれ」
と頼むと、フロントの人は奥に引っ込んだまま5~10分出てきません。
ようやく出てきて、結局3階の部屋のキーを2つもらいました。
「あるんじゃねえか!最初から出しゃいいのに」など、日本語で悪態をついて部屋に入りました。

ツインでまあまあの部屋でしたが、通り沿いなので、道を挟んで向かいのショッピング
センターから少々ざわめきが聞こえます。

たぶん夜9時くらいだったと思います。夕食はルームサービスで済ませ、
ビールを飲んでベッドでくつろいでいると、
つけていないテレビの方から何か違和感を感じます。

確かに向かいのショッピングセンターからざわめきやクルマの音も聞こえるのですが、
テレビの方から”ウー”っというような低い獣のうなり声のようなものが聞こえます。
最初は空耳かと思ったのですが、徐々にその音(声)ははっきりしてきます。
テレビをつけたり消したり、裏をのぞいたりしましたが、状況は変わりません。
テレビから出ている音ではありません。
テレビがある部分の空間から音がするというか、脳内に直接響いてくるような感じです。

不思議と怖くは無かったのですが、気持ち悪いというか、ココにいるな!
といわれているような気がして、
つれに事情を話して、彼の部屋も幸いツインルームだったのでそちらで寝ました。

翌朝、掃除に来たおばちゃんにこのことを話すと「あ、あの部屋、やっぱり。」
っとあっさり言われてしまいました。

その晩、興味があったので、部屋を変えずに、問題の部屋に寝ましたが、
残念ながらなにもおこりませんでした。
ただその晩の夢は、
「眼鏡をかけた知的な感じの現地人女性と、やはりインテリ風の現地人男性が
ジャングルの中で生き別れになり、女性だけが救出されて悲しんでいる。」
というミョーな夢でした。この部屋の”獣のうなり声”と何か関係があるかも知れませんが、
調べるすべもありません。

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