2009年7月10日 (金)

安里屋ユンタ(あさどやユンタ)の合いの手

八重山地方の島唄で「安里屋ユンタ(あさどやユンタ)」というのがあります。

歌詞の意味は Wikipedia を参照して下さい。

このなかでも合いの手「マタ ハーリヌチンダラ カヌシャマヨ」の意味を”八重山方言の古語で「また逢いましょう、美しき人よ」の意であるとされるが、インドネシア語で「太陽は我らを等しく愛する」の意味も込められている、との説もある。”と2説を並記しています。

インドネシア語で普通に「太陽は我らを等しく愛する」だと

Matahari cinta kami sama-sama. っとなりますが、この合いの手に合わせて
Mataharinya cintalah kami sama yo. っとしても意味は通じます。
音的には マタハリニャ チンタラ カミサマヨ っとなります。

安里屋ユンタ by The NENES


でもなんで八重山地方の島唄にインドネシア語が使われているかはどこにも書いてないですねぇ。

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2009年7月 3日 (金)

妊娠中の殺生 -ジャワの迷信-

ジャワの風習では奥さんが妊娠中には夫が狩猟や魚釣りなど殺生をすることを嫌います。(職業的な猟師は除く)

Mamaの実家の近所の方で釣り好きのご主人がいて、奥さんが妊娠している最中も釣りをやめなかったそうです。

やがて赤ちゃんが生まれたのですが、皮膚が魚の鱗のようになっている部位があったそうです。
おそらく偶然、魚鱗症とかの病気だったんだと思いますが、Mamaも近隣の方々もご主人が妊娠中も魚釣りをしていたせいだと信じています。

幸いその子の肌は3才くらいまでにはほぼ治ったそうです。

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2009年6月26日 (金)

今思うと不思議な出来事

ワタシが茨城県北部の小学校に通っていたときのことです。4年生か5年生のころだと思います。

朝、2階の教室から裏門を見ていた友達が、
「わーなんだあれ!」
っと叫びました。
門扉のすぐ外側に、首に鋭利な刃物で切られたようなパックリした切れ目がある大きなイヌがいました。切れ目はイヌの首の半分ほどに達していて、赤い肉が見えています。首が落ちないのが不思議なくらいの状態です。他の友人達もすぐに窓に近寄ってきましたが、
「なんだよ、どこだよ」
っと見ない友人もいるようでした。また登校してくる生徒もいて、横目でそのイヌを怪訝にみる子もいれば、まったく気が付かない子もいます。

昭和40年代、まして田舎でしたから、飼い犬も放し飼い、野犬などもいる時代でしたから、そんな大けがをしたイヌがさまよっていても不思議ではないです。
ワタシはそれが現実のものとしか思わず、見ない友人もいるということも、そのときは「遠くて発見できない。」としか思いませんでした。
でも、今考えてみると、ワタシと初めに見つけた友人他数人には切れ目から覗く赤い肉までハッキリと見えていたのです。
でも、近寄る子供や捕獲しようとする教員など誰もいないんです。みんなイヌの存在を無視しているように......。

1時間目が終わり、最初の休み時間に窓から”イヌ”を探しましたが、もういませんでした。
その日、先生から”手負いの野犬”に注意するようにとかのお達しなどはありませんでした。

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